6月24日――私はその日を忘れはしないだろう。
結果として、黒ノはその通告を受け入れなかった。
完全に白崎・司馬サイドと対決することを選び、女史たちは公然と批判される立場に立った。
とは言え第2期参加者にとってみれば全く知らない人たちとの話である。
「何か動きがあったらちゃんと告知するから参加者同士であれこれ言わないように(要約)」という管理側からの緘口令もあって、第1期からの参加者も舞台裏でそんな話をするわけではなかった。
――が、先に言った通り、私たちは白崎たちと同じSNSに参加していた。
女史たちをはじめ黒ノの参加メンバーの数人も、白崎の招待でそこにいたのだ。
「あんなのと繋がりたくない、ページを見に来られるのも気持ち悪い」
そう言って白崎と司馬は早々に女史たちをアクセス拒否欄に登録した。
そして私や、管理サイドに付くことを決めた「元・黒ノ参加者」たちにもそれを勧めた。
女史たちの様子を見れなくなるのは情報収集の点で良くないかと思ったが、記事にコメントを残されたりして女史たちとの繋がりが実はこっそりあるんじゃないのか、と疑われても面倒なので言われた通りに私もアクセス拒否しておいた。
どうやら他の『味方』たちもそうしているようだった。
そして、一部の元参加者たちは、そこで情報交換や「証拠」の会話記録のやり取りをしていた。
その日の夜、K女史から携帯にメールが入った。
そういえばこっちはまだ着信拒否に登録してなかったな、と思いながら開いてみた。
『いわみん、黒ノのことあの二人に言ってないよね?』
きたか、と思いながらも私は妙に冷静にウソを吐いた。
『言ってないよ。なんで?』
『それならよかった……いや、疑ってごめんね?
今日SNS行ったらアクセス拒否されてたし、いわみんはあの二人と特に仲良いから
ひょっとしてあの二人の味方について、私を切るんじゃないかと思って心配で……』
鋭いな、と思わずひとりごちた。
『あー……誤解させたの私だし、謝らなくていいよ。
そういうのじゃないんだけど、トラブルに巻き込まれるの苦手だから、
ちょっと両方から距離置かせてもらおうと思ってさー。ごめんね』
『ん、そっかぁ。わかった。じゃあまたね』
そのメールに、私は『またね』とは返さなかった。
黒ノの中核メンバーの幾人かは携帯参加が中心とは言えパソコンも持っていたから、翠葉に様子を見に来れば私や『海白』が参加していることはすぐに分かるだろう。
『どっちからも距離を置く』という嘘は遅かれ早かれバレる。
そうなればもう女史と連絡を取ることもないだろうと確信していた。
けれど、本当にこれでよかったのか、まだ一抹の迷いはあった。
胸の中にわだかまる何かモヤモヤとしたものが、私にSNSの画面を開かせた。
昔から、そういう時は文章にして昇華しないと落ち着かない性質だった。
『21才の世間知らずの判断で、どれほどの答えが出せるのか。
正直、迷っている。
本当は自分も共犯なのに、口を拭って、汚れた手袋を取り換えて、
この手は汚れてませんよ然とした、取り澄ました顔で人を不正とあげつらう。
なんとまぁ、醜いこと。
それでも、1週間前に出した自分の答えは、
少なくともその時は、正しいと思ったから、そう行動したのであって。
でも今それを振り返って、間違いだったんじゃないか、本当に良かったのか、悩む。
例えばそれは、5年生になってから2年生の問題を振り返って、
「あー、なんでこんな簡単な掛け算が出来なかったんだろうな〜」って思うような、
“成長したから過去の誤りが見えて、バカだなと思う”類のものなのか。
それとも、単純にあの時の判断は間違っていて、今それに気付いて
どうにも落ち着かない気持ちになってしまっているだけなのだろうか。
私自身、あの場所では楽しんでいた。
それを提供してくれた友人であり仲間たちを売って、素知らぬ顔で
「私は正しいことをしています」というのは悪ではないのか。
だからと言って、裏切られたと知って苦しんでいる友を見ながら
何もしないでいるのもまた、悪のような気がする。
義を見てせざるは勇無きなり、という言葉もある。
ただ問題は、この場合何が「義」なのか、ということだろう。
苦しむ人を見かねて仲間を売るのは果たして義か。
喜びを分かち合ってもらった恩を取って、口を噤んでいるべきだったか。
どっちに転んでも義では無いような気がするから、
やはり最初からどちらにも味方せずに中立を保つべきだったのか。
私は、所詮21の小娘だ。
だから、こうして悩んでいるのも大人から見れば「あー、若いなー」と思われることだろう。
それでも、考えず、答えを出さない卑怯だけはしたくないので、
後々振り返った時のためにも、今ここに思考の軌跡を記しておく。
……とりあえず頭の中出しきって書いたら何か結論出ないかなー、
と期待して書いてみたんですが、そんなに甘くないですね……』
頭の中を整頓したいのと、懺悔の気持ちで、ひたすら綴った文章だった。
思えば、司馬に黒ノのことを喋ったあの日から、私は後ろめたさでいっぱいだったのだ。
K女史もS女史も、やっていることは確かに不正ではあった。
けれどそれは、人を楽しませたくて、誰かと楽しみたくて、やっていたこと。
そこは分かっていたから、そのカタチを一方的に批判して難詰する真似は、心苦しかった。
女史たちから見えないように設定した日記画面で、私はやっとそれを懺悔することができた。
けれど、懺悔してしまったらしてしまったで、ますます後戻りはできなくなった。
SNSでの文章は、白崎も司馬も見ている。
悩んで、それでも彼女たちに付いたことは彼女たちの知るところになった。
その結果、2人は私を懐に入れ、共に裁判で闘ってほしい、と言ってきた。
私は頷いた。
6月24日。
その日、私は2人の新しい妹分になった。
奈落が、また一歩私に近づいた日だった。